弔辞

 故、松本みなみさんへ、心よりの告別の辞を捧げます。

 13歳という若さは、運命と呼ぶには、あまりにも、残酷で、理不尽な幕引きでした。私とは5ヶ月足らずの短い付き合いでありましたが、みなみさんは、私に強烈な印象を残しました。

 一年A組の副級長に立候補して、みんなの前であいさつするみなみさんはとても頼もしかった。クラスのみんなのことを公平な目で見つめ、真剣に考えてくれたみなにさんは、正にクラスのリーダーでした。本当は、みんなの前に立ったり、目立ったりすることが苦手なのに、みんなのために頑張ってくれましたね。

 さっぱりした性格で、自分のことを「僕」と呼び、「男の子に生まれたかった」と男勝りを気取っていましたね。でも、だれに対しても同じように優しくて、本当に女の子らしい面をたくさんもっていました。みなみさんに憧れていた男子もたくさんいるはずです。

 私が強く印象に、残っているみなにさんの姿は、陸上部の練習でトラックを黙々と走るみなみさんです。本当に頑張り屋でした。体育祭の選手を決めるとき、「本当は走るの苦手なんだ。」と、こっそり打ち明けてくれましたね。苦手だけど、挑戦して、それを楽しむ、そこがみなみさんらしさだなあと思いました。

 目立つのが嫌いな副級長
 本当は女らしい男勝り
 走るのが嫌いな陸上部員

 みなみさんは、いつも何かに挑戦しながらそれを楽しんでいたように思います。だから学校が大好きだったのですね。

 みなみさんは、みんなに素晴らしい思い出を残したとともに、いろんなことを教えてくれました。博愛の精神、一生懸命に生きることの素晴らしさ、生命の尊さ。絶対に忘れません。

 体育祭の応援の練習で、私がかけた言葉
「振りつけ考えてこいよ。」
が最後の言葉になってしまいました。でも、みなみさんがいなくても、みんあで頑張ってすごい応援を作るから,空の上で見ていてください。体育祭だけではなく、文化祭も、コーラスフェスティバルも、日常の勉強も、みんなみなみさんの分まで思いっきり頑張るから安心してください。

 最後の最後まで頑張り屋だったみなみさん。もうがんばらなくていいから安らかに眠ってください。みなみさんのご冥福を心から祈ります。

 みなみさん、本当にありがとう。そして、さようなら。

 

平成15年8月24日
一年A組担任 青木 規

みったんへ

 みったんはしっかりしてて、明るくて、優しくて、めんどうみがよくて、サッカーが大好きで、なんかお姉さんみたいな人だったよね。ゆかりはそんなみったんが大好きでいつもくっついていって、図書館とか本屋とかアピタとか行って遊んだり、本やマンガの貸し借りをしたり、学校の帰りに一緒に帰ったり、ゆかりのくだらない話につき合ってもらったり、勉強を教えてもらったり、何かあったときは一番最初にみったんに相談にのってもらったりしたよね。中学校に入ってもクラスが一緒になってからは、教室の移動や着替え、そうじのときとかも一緒に行ったり、言いきれないほどたくさんお世話になったよね。すごく感謝しているよ。

 みったんとは小学校からのつき合いで、その間いろんなことがあったよね。小学校では、運動会とかキャンプとか修学旅行で奈良と京都に行った他にも、歌を歌ったり劇をやったりいろんなことを一緒にやったよね。中学校に入って、北小や東小だった人と一緒になり新しい環境になって、一年生みんなで協力して行事会食やディスカバリー近江八幡といった行事をやったよね。みったんとの思い出や、みったんのことはずっと忘れないよ。

 ゆかりは最初みったんがどうなったかを聞いたとき、すごく突然だったし、悲しかったし,つらかったし、ゆかりはもっとみったんと一緒におしゃべりしたり、遊んだり、勉強したり、いろんなことをしたいと思ってたから、信じられなかったよ。今も悲しいしつらいけど、今までのお礼と最後のあいさつをするね。

 「今まで本当にありがとう。さようなら。」

岩田 有加里


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